O-Lab +Ossan Laboratory+

Ossanの研究所です。

色々。

もうすぐ4月。というわけで新年度。
4月を迎えると俺はちょうど半年ほど無職だったという感じに。
以前もこれくらい無職だった頃があるので、どうって事はないんだけども、
以前と違うのは一人で生活をしているので自分と向き合う時間が長いと言う事だろうか。


地震の情報にも飽きたので、
(不謹慎な表現かとは思うが、事実、飽きている人も多いだろう?)
過去の自分のブログとか以前運用をしていたファンサイトとか見直したり、
iTunesに放り込んであった過去の曲を色々聴いて色々思い出したり。


この、はてダでブログをやる前から俺はWeb上で色々やってたんだけども、
せいぜい残っているのは以前やってたファンサイトくらいで、
個人的に開設してた掲示板なんかも過去のログは「容量制限」の壁の向こう側、
要するにデータ削除がされてしまってるので、どこにも見当たりはしない。
Web上に一度出た情報は永遠に残る、なんて言われてるけども、
実際には新しい情報はあるが、
古い情報は「残そう」という人の意思がそこにない限り、
データの海の彼方へ消えて行く。


「確か、PCに残していたような」というデータだって、
どっかへ消えて検索にも引っかからない。
どっかへ消えるのだ。どっかへ。
それが自然だし、その「自然」ってのが、
データの世界にもしっかりあるのは、ある意味で素晴らしい事だ。
何でもどっかへ消えるのだ。どっかへ。


消えたデータもあれば、残っているデータもある。
残っているデータを見ると、以前の俺の思考、嗜好、試行、
とかが見える。
変換が面倒なので同じ音の単語を並べてみただけだが。


まぁ、基本的に変わってねーな、俺は、と思う。
変わらないのだ、全然。
良く「芯がある人」とか言うがそういう意味では、誰もが人には「芯」がある。
人に自慢出来ないようなモノをポジティブに表現すると「芯」として、
ネガティブに表現すると「変えようがない部分」を持っている。
変えようがない部分以外の、そのまわりの部分はその環境や年齢で勝手に変わる。


新卒後に就職した会社を辞める時に会社の社長に呼び出されて、
「まぁ、お前もこの会社から別のところへ行く事になった、って事だな。
 それはそれで良い事だ。残念だけど、良い事なんだよ、それは。」
「お前は言いたい事を言う。意見も論理的で聴くに値する事を言う。
 表現の仕方に問題があるような事もあるが。
 だが、誰も言わない事をお前は言ってくる。それだけに周りは期待する。
 でもまだお前はどうもその期待に応えられるだけのものを持ってない。
 周りはお前に「このハードルを超えてくれないか?」と要求する。
 100%の力で超えられそうなものは、お前は余裕で超える。
 それも見事に。奇麗に。
 なので、周りの人間はそれを見て、120%のハードルをお前に用意してみる。
 そうするとお前は70%くらいの力を出したら、ひょい、とハードルを超えるのを止める。
 100%では足りなさそうだな、とお前はどうもすぐに分かってしまうらしい。
 お前はそのあたりをどーにかしないといけないかもしれない。
 ただ、100%で超えられるハードルを周りが用意すれば何も問題はないんだが。
 いつもそうなるとは限らない。」
みたいな事を言われた。


まぁ、正解なのだ。
それ以来、何も変わってないような気がする。
120%の無意味さ、のようなものが俺の直感にあるので。
ただ、そのやり方が常に俺に正解を引き寄せてきたのも事実。


なので、いつも運が良いとは思う。
人生で基本的に当たりクジを引いてきた感じ。
大当たりは引かないけど、当たりを引く感じ。
ハズレもたまに引くが大ハズレは引かない。
ハズレの後は必ず当たりを引く。


そういう感じ。

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